学校の先生にならなかった理由 2つめ
2年生のクラスを担当していた頃。
ある女の子と男の子が、給食の時間、喧嘩を始めました。
その日は月に一回のお弁当の日で、女の子はお弁当を持ってきておらず、学校側がお店で購入した幕の内弁当を食べていました。
それをみた男の子が、女の子に対して、
「お前のかーさん、弁当作るの忘れたん?あほやん」
といい、女の子が泣き出したようでした。
その女の子のお母さんは、うつ病で朝なかなかおきれない状態で、家庭の家事などはすべてお父さんがやられていた状態。お父さんのお仕事も早いためお弁当がつくれず、学校で購入した状態でした。
子供たちによばれて、仲裁に入ることになったわたし。
とりあえず、男の子には、女の子のお母さんが病気であること、病気だとご飯作るの大変でしょ?っていって背景を納得させ、
女の子には、男の子はお母さんが病気であることしらなかったからゆっちゃったみたいだよ。って相手の状態を説明し、
男の子に「ごめんね」女の子に「いいよ」をいわせ、
女の子も「怒ってごめんね」といい、男の子も「いいよ」といい、
2人は笑顔でもとの関係にもどりました。
はたしてこの対応がよかったのか。
どんな対応をとるのがよかったのか、その答えが私にはわかりませんでした。
普段はとても明るい女の子。その子が泣き出すということは、かなり精神面での我慢が大きいんだろうなって予測ができた。
一番甘えたい時期に、お母さんに甘えることができず、親を理解する側に回る。
そんなストレスもあるなか、男の子からの発言をうけ、心はかなり傷ついただろうな。
それを、形だけごめんねいいよをしたとして、何の意味があったんだろう
男の子側だって、悪気があったわけじゃない。
そのこなりに思ったことを素直に表現しただけ。何も悪くない。
なのに私から怒られ、みなのまえで怒られる。
子どもが、先生の価値観から受ける影響はものすごく大きい。
子どもの人生に、ものすごく影響を与える。
だけど、その先生である私が、
人間としてどう生きるべきなのか、
人間関係をどう人ときずいていくべきなのか、
それがわからず、自分の人生経験からえた結果を、正しいのかもわからずに教える。
そーゆーもんだって答える大人もたくさんいたけれど、私はそれに納得ができなかった。
だから、先生にはなれなかった。
これがふたつめ。